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近世の七福神めぐり

 江戸時代初期の七福神巡りや、その歴史については最初にお話しました。では、それ以降の七福神についてはいったいどういった流れ、歴史があるのでしょうか?こちらについても簡単に触れてみたいと思います。

 八大将軍吉宗のころになると、泰平の世が長く続き、戦乱も忘れさられ、ずいぶんと平和な世の中になりました。こういった平和な世の中にあって、庶民もその平和な世の中が続くように、と願いました。江戸八百八町には七福神を祀る神社仏閣が建造されるようになり、観光をかねた庶民の参拝が盛んに行われるようになったのは自然な流れだといえるでしょう。江戸の終わりごろになると、これらはより全国的に広まり、商売繁盛、無病息災、家内安全など、庶民のさまざまな願いを込めて各地で七福神参りが行われるようになりました。正月、松の内に巡拝してその年の幸せを願うようになったのも、この頃である、といわれています。

 さて、明治以降になると、天下泰平の世の中にも終わりが告げられます。世界的な戦争の広がりは日本にもその影を落とし、二度の世界大戦に巻き込まれてゆくことになります。食料があるや、なしや、といった時代に信仰は徐々に廃れて行き、こうして七福神信仰も廃れてゆくようになりました。また、西洋化、近代化し、文明の進歩とともに日本では信仰が薄れていった、ということも一つの原因といえるでしょう。

 戦後、平和な世の中が当たり前となり、人々の生活に余裕がでてくると、七福神めぐりをハイキングのような感覚で楽しむ人が徐々にでてきました。また、村おこし、町おこしの一つとして、全国的に七福神霊場が新しく作られるようになると、七福神巡りが少しずつ脚光を浴びるようになりました。現在では、正月の間に家族連れやバスツアーなどで各地の霊場を参拝する姿が増えているようです。

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lastaccess:2009/08/17